絵の描き方、英語の覚え方

描きかけの団地。
団地

うどんげじゃないです、ごめんなさい
設定資料をこつこつと描き散らかす
少年ワロスのアレです。ただし東方ではうどんげこと鈴仙・優曇華院・イナバが一番好き
描くといったら描く。男とバカに二言は無い。



★いや、まぁいつもどおり大した話じゃないんすよ。

大学受験の頃から地元の英語の個人塾に通っていて、はや5年目となるんですけどね。
ここの先生が面白い人で、ちょこちょこ教室で「おいしいお水」を戴いて夜遅くまで話し込んだりして。
今回の院試験でも勉強見てもらって、僕の「師」とも言える人なんです。
まあそれはおいといて。


英語の勉強の仕方って絵の練習と少し似てるかな、って思ったんですよ。

☆絵の練習について。
何を描くにも、まずは「型」を身に付けなければいけない。「型」といえど、いろんな側面であるわけなんだけれど…
例えば。
マンションを描こうとする。
そのためには、まずマンションが直方体のような形であることを知らなければならないし、また、マンションといえど色々な大きさや形、設備や外見を持っている。
マンションごとにそれぞれバリエーションは少なからずあるのだけれど、一方で、「非常階段が付いている」「ベランダが部屋ごとに仕切られている」といったように、「マンション」と一般的にくくられる概念のなかで、共通した特徴が存在している。
そして、こういった情報は大抵観察しなければ得られないものなので、そのために、「少なくとも僕の場合は」参考資料を探したり取材したりして、その資料をもとに見よう見まねで描き起こす。
初めて描いた時はこれが本当に何時間もかかって苦労するんだけれど、何回か描いているうちに、段々と「要領」というものが掴めてくる。つまり、「マンションには何があるのか」=「何を描けばマンションに見えるのか」を知識として覚えてきて、そのために、「描いては消す」、といった試行錯誤のような、無駄ともいえる時間が削れてくるんですよ。

☆んで、この、「何を描いたらマンションになるか」という知識を習得することが、『型』を身に付けることなのかな、と。「マンションの描き方」という『型』を習得することじゃないかな。

このことはもちろん建造物に限らず、なにを描く際にも言えることだと思うんです。人体を描くときもしかりで。特に人体というのは観察の角度を少し変えただけで全然違って見えてくるから、建物なんかより『型』の習得が全然難しい。

だからこそ、人物を描く人ってのは、「人の描き方」の『型』を習得するために、人物デッサンをひたすら繰り返す。
しかしデッサンというのはあくまで二次元的であるから、人体デッサン一回で習得できる情報は、「その角度から見たそのポーズ」の情報でしかない。
だから、あらゆる角度から、人間というものをあらゆるポーズを習得しようと、途方も無い作業を繰り返す必要が生じるわけで。
その「ある角度から見たあるポーズ」を延々と積み重ねていった結果、「人の描き方」というものが確立されていくのかな、と思うんですよ。



●ここまで言っといて、どこが英語と関係あるんだ、って話なんですけどね。
この人体デッサンにおける「ある角度のあるポーズ」というものが、英語の文章を覚えていく過程と似ているな、って思ったんです。

☆英語一つとってもいろんな勉強法があるけれど、やっぱり、英語を覚えるには例文を丸暗記したほうが手っ取り早いんですよ。少なくとも、僕の英語の先生の弁を借りると。

例文といっても、長文問題のような長さじゃなくて、コンマで区切れるまでの1センテンスのことね。
それ単体の例文じゃあ使えないけれど、他の文章やら単語やらを使って自分で作り変えていく(modifyとでも言いましょうか)ことで、実際の作文や会話で使えるようになってくる。
このように「応用」を利かせるには、様々な文法を持った例文にあたって、より多くの英語に関する知識を習得しなければいけない。

ただし、文章には構文、つまり5文型だとか倒置だとかいろいろあり、なによりも単語の意味をわからなければいけない。これらの基礎知識があって初めて、一つの例文が理解でき、身に付くものなのだと思うんです。(じっさい、構文を調べないまま無理やり身につけようとした例文はまったく身に付かなかった経験が…orz)


この「例文」というものが人体デッサンにおける「ある角度のあるポーズ」で、「5文型」だとか「単語」にあたるのが「耳」「足の指は五本ある」といった基礎知識にあたるんじゃないかな、と思ったんですよ。

型を習得していくことが技術の確立を導く。ただし、そのためには前提として基礎知識が必要。

どうやら僕はこの考え方に則って絵も英語もやっているようなんです。

だとしたら、今の作品製作も丁寧に地道に、たまに基礎を振り返ったりデッサンをしたりしながらやっていくしかないのかな、と改めて思ったり。



☆☆☆むかしむかし

海向こうの、石だらけのムダにでかい国の誰かが言いました。
omnēs viae Rōmam dūcunt
=All roads lead to Rome.

「すべての道はローマに通ず」


どっかの狸親父が言いました。
「人の一生は重き荷を負て、遠き道を行くが如し、いそぐべからず」



はいはい、わかりましたよ!
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Comment

こんにちわ~
遅くなりましたが大学院合格おめでとうございます!!!

ブログ記事の内容にまったく関係ないのですが(すいません)、
エメトさんのコメント返信でFAと漫画について紹介してくださってありがとうございました。
自分の描いた絵が出てきた瞬間恥ずかしくて吹きました(笑)
背景は素材を借りたので、ここ、横浜ベイブリッジだったのか!という新たな発見も…w
丁先生のコメント返信が熱くてほっこりしましたw

それでは、また!
  • 2010/10/19 21:39
  • pan2
  • URL
  • Edit
ありがとうございます!!!
ぱん2先生コメありがとです!!うわーい!!

素材ェ…ワロスw
ベイブリッジって、見た目からアテ勘で判断したんですけどね(^^;)地元近くて何度も見ているので、多分あっているかと…

コメント返信が無性に楽しいんですよ。本編が堅苦しいので、読者に息抜きしてもらうことも意図しているんですけれどね。


あと、勝手ながらリンク貼らせてもらいましたm(_ _)m
ブログ、ちょくちょく拝見させていただいております。
「靴下は洗濯中」がツボりましたwwそのように捉えてくれるよう、お願いしますw

卒論とか、ちょっと懐かしいです。
卒論関係無しに今まで読んだ本を羅列しまくって参考文献の少なさを補完したのもいい思い出w

お忙しいでしょうが、「サイハテ」も「神鬱」(無理やり略してみた)も、楽しみに更新待っております!
  • 2010/10/20 11:55
  • ひのと
  • URL
俺もイラスト続けてればよかったと思う反面、
大学の勉強と研究と趣味(模型)、さらにイラストをすべて並行するのは無理だと悟った。
理系(工学)は詰め込む量とか研究に対する勉学姿勢を問われたりとか、
趣味を複数やるには結構辛いってことに気づいたよ。

やろうと思っても、絵とかはそれに見合った気合がないと全然上達しないんだよな・・。
高校時代は割と気が楽だったから複数並列で趣味できたんだけど、
やっぱり大人になるってのはある程度好きなことが制限されていくことなんだと思った。

模型ではなく、マンガ書きを取ってたら、君と腕を競い合ってたのだろうか。
やろうとしてる物の方向性似てるんよ。かつての自分と。
>>コス(ry
君も昔を語る男になったか…!

大学の時から感じていたけど、人生の夏休み状態の文系とは、ちゃんちゃらくらべものにならない忙しいようだからね、理系ってのは…!

青少年時代は「時間があるけど金が無い」、そして大人は「金はあるけど時間が無い」とはよく言うからねw

「二束のわらじ」って言葉があるけど、裏を返せば、「二つ」以上の事には一度に取り組めないよううな気がしてるw

まったくもって、覚悟にも似た気合が必要なんだよね。経験から言わせてもらうと、(大した経験でもないけどな!)下手なりに腹くくって半年やってきて、それなりに色々言われて苦しんだのも事実。
俺は変にプライドばかり高い人間だから、結構耳に痛かった。

でも、そういう人たちのお陰さまで、以前よりはマシな絵になってきた。
荒らしのようなコメントではなくて否定的な意見を具体的にくれる人って、実は作者の味方なんだよね。
そして、そうした自分に対する否定を受け入れるか否かで、上達の速度は変わる。筋トレで破壊された筋肉組織が、以前よりも強くなって回復する『超回復』みたいに。
そう思うんだよねー。

なに、競う代わりにこうやって協力してくれてる。感想にしろアイデアにしろ紹介にしろ、一方的にこちらがしてもらってる感じだから、もうちょっと返さなあかんねw
  • 2010/10/21 01:15
  • ひのとん
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